現在は、荷物を送りたいと思えば、コンビニや営業所へ持っていけます。自宅まで集荷に来てもらうこともでき、早ければ翌日には相手へ届きます。
ところが、1970年代前半には、この便利さは当たり前ではありませんでした。
個人が荷物を送る場合、主な手段は鉄道貨物や郵便小包です。サービスは送り手の都合より、運ぶ側の事情を中心に設計されていました。ヤマトホールディングスも、当時は利用者にとって不便な点が少なくなかったと振り返っています。
そんな時代に、小口荷物を一個ずつ家庭から集め、翌日までに届ける事業を始めた会社があります。
大和運輸、現在のヤマト運輸です。
しかも、新規事業へ挑戦した理由は、会社に余裕があったからではありません。
むしろ、本業で追い込まれていたからこそ、誰も本気で取り組んでいなかった市場へ向かいました。
- 宅急便が生まれる前、ヤマト運輸は経営難だった
- 小倉昌男が目を付けたのは「家庭の小さな荷物」
- ニューヨークで見たUPSが確信につながった
- 1975年、「宅急便開発要綱」が作られた
- 「サービスが先、利益は後」という考え方
- 「電話ひとつで翌日配達」を広告で伝えた
- 取次店を増やして「送りやすさ」を作った
- 1000万個、1億個へ。密度が本当に高まった
- 宅急便は一つのサービスで終わらなかった
- 宅急便が作ったのは「運送商品」だけではない
- コストコとは逆に「小口」を価値にした
- 商品認知度の低い市場では「使い方」から教える
- ヤマトの戦略にも再現しにくい部分がある
- あなたのビジネスにどう応用するか?
- ヤマト運輸に学ぶべき本当のこと
- 外部リンク設定
宅急便が生まれる前、ヤマト運輸は経営難だった
大和運輸は1919年に創業し、トラック輸送を中心に成長してきました。
しかし、高度経済成長期になると状況が変わります。長距離輸送への参入で他社に後れを取り、その後も競争が激しくなりました。さらに、1973年のオイルショックによって荷物が減り、経営状態は悪化します。
1971年に社長へ就任した小倉昌男氏にとって、最初の大きな仕事は、この状況から抜け出すことでした。
強い競合と同じ市場で戦っても勝ちにくい
当時の大和運輸は、企業からまとまった荷物を預かる商業貨物を主力としていました。
大口顧客を獲得できれば、一度に多くの荷物を運べます。そのため、一個ずつ家庭を回るより効率が良く見えます。
ところが、この市場では先行する競合が強く、大和運輸は不利な立場にありました。
そこで小倉氏は、他社が優位な市場で追いかけ続けるより、新しい業態を作る方がよいと考えます。ヤマトの公式資料でも、危機的な経営状況の中で選んだのが宅急便の事業化だったと紹介されています。
ここに最初の重要な判断があります。
売上が落ちた時、企業は既存事業を強化したくなります。しかし、競争条件そのものが不利なら、努力を増やしても逆転できない場合があります。
ヤマトは、競争相手を変えるのではなく、競争する市場を変えました。
小倉昌男が目を付けたのは「家庭の小さな荷物」
小倉氏が注目したのは、家庭から家庭へ送られる小口荷物でした。
きっかけの一つは、自身の生活の中にあります。息子のお古を甥へ送ろうとした際、不便を感じた経験がありました。
一件だけなら、単なる個人的な不満です。
しかし、小倉氏はそこから市場を見ました。
個人にも荷物を送りたい需要はある。それなのに、便利なサービスが十分に存在していない。
企業から見れば一個の荷物は小さくても、同じ需要を持つ家庭が全国に存在するなら、巨大な市場になる可能性があります。
小口は本当に儲からないのか?
家庭から一個ずつ荷物を集めれば、集荷先が分散します。
一件あたりの売上も大きくありません。そのため、従来の運送業の常識では、効率が悪く見えます。
しかし、小倉氏は別の見方をしました。
荷物が少ないから儲からないのではなく、一定地域に十分な荷物が集まっていないから効率が悪い。
配送密度を高められれば、小口でも事業になると考えたのです。
ニューヨークで見たUPSが確信につながった
1973年、小倉氏はニューヨークを訪れます。
そこで目にしたのが、UPSの集配車でした。一つの交差点に複数の車両が停まり、効率よく荷物を集配する光景を見ます。
小口配送でも、一定地域に荷物が集中すれば効率を高められる。
この光景によって、小倉氏は家庭向け配送を事業化できると確信しました。
利益率ではなく「密度」で考えた
一個の荷物だけを見れば、小口配送は非効率です。
ところが、同じ地域で100個、1000個と荷物が集まれば状況は変わります。近い場所を順番に回れるため、一個あたりの移動距離を短くできます。
つまり、収益性を高める鍵は一件の単価ではなく、荷物の密度でした。
これは現在のプラットフォーム型ビジネスにも通じる考え方です。
利用者が少ないうちは効率が悪くても、一定数を超えるとネットワーク自体が価値を持ち始めます。
1975年、「宅急便開発要綱」が作られた
小倉氏は1975年、新事業の基本方針として「宅急便開発要綱」を役員会へ提出しました。
その後、若手社員を中心としたワーキンググループが、具体的なサービス内容を詰めていきます。
当初の実行案は非常に分かりやすいものでした。
荷物の3辺合計は1メートル以内、重量は10キロまで。簡易包装でも受け付け、一個500円で翌日配達するという内容です。
複雑な料金表から始めず、利用者が理解しやすいサービスへ落とし込んでいます。
「電話一本で集荷」という価値
1976年1月20日、宅急便は関東地区でスタートしました。
特徴の一つが、電話一本で家庭まで荷物を取りに行くことです。
荷物を送りたい人が、重い箱を駅まで運ぶ必要がありません。
さらに、翌日配達という時間的な分かりやすさもありました。
「家庭から荷物を送れます」という抽象的なサービスではなく、利用者がメリットを理解しやすい形へ整えたのです。
「サービスが先、利益は後」という考え方
小倉昌男氏の経営思想を表す有名な言葉が、「サービスが先、利益は後」です。
ヤマトグループも、この考え方を小倉氏の経営の原点として紹介しています。
ここだけ読むと、利益を考えずにサービスを良くしたように見えます。
しかし、実際の意味はもっと現実的です。
利用者にとって便利なサービスを作れば、利用者が増えます。その結果、荷物の密度が高まり、後から収益性を改善できると考えたのです。
最初から効率だけを求めると市場が育たない
新しい市場では、利用者が少ないため効率も悪くなります。
そこで、一個あたりの採算だけを見てサービスを削れば、さらに利用者が減ります。
ヤマトは逆の順番を選びました。
まず便利にして、利用する理由を作る。荷物が増えた後に、ネットワーク全体の効率を高める方法です。
新規事業では、最初から成熟市場と同じ利益率を求めると、成長する前に撤退してしまう場合があります。
「電話ひとつで翌日配達」を広告で伝えた
新しいサービスは、存在するだけでは利用されません。
個人宅配という習慣自体がなかったため、利用方法から説明する必要がありました。
ヤマトは1976年2月に最初のテレビCMを制作し、3月から放映します。そこで使われたのが「電話ひとつで翌日配達できるYPSの宅急便!」という訴求でした。
このコピーは、宅急便の特徴を短くまとめています。
電話をするだけでよい。そして翌日には届く。
難しい物流システムを説明せず、利用者にとって何が変わるかを伝えています。
「クロネコヤマトの宅急便」が記憶を作った
1979年にはラジオでCMソングの放送が始まりました。
「クロネコヤマトの宅急便」というフレーズは、軽快なメロディーとともに全国へ浸透します。
物流サービスは形がありません。
商品パッケージをスーパーの棚へ並べることもできないため、名前を覚えてもらう工夫が重要になります。
そこで、クロネコのマーク、サービス名、CMソングを組み合わせました。
サービス内容だけでなく、思い出せるブランドを作ったのです。
取次店を増やして「送りやすさ」を作った
宅急便を広げるには、配送網だけでは足りません。
利用者が荷物を出せる場所も必要です。
そこで1976年から、宅急便の取次店、現在の取扱店を設置し始めました。
地域の商店などが受付窓口になれば、営業所が近くにない人でも荷物を送れます。
つまり、宅急便は「運ぶ仕組み」だけでなく、「預ける仕組み」も同時に広げました。
商品価値は利用前の手間にも左右される
どれほど配送速度が速くても、受付場所が遠ければ使いにくくなります。
これは物流以外の商品でも同じです。
高性能なサービスでも、申し込みが難しい。予約が取りにくい。初期設定が面倒。
こうした負担があると、利用まで進みません。
ヤマトは配送品質だけでなく、荷物を預けるまでの利便性も設計しました。
1000万個、1億個へ。密度が本当に高まった
宅急便は、徐々に取扱量を伸ばします。
ヤマトグループの100年史によると、1978年度には年間1000万個へ到達しました。さらに1983年度には、年間1億個を超えています。
小口配送は非効率だと考えられていた市場で、膨大な荷物が動くようになったのです。
1992年度には、宅急便取扱個数が5億個を超えました。
小倉氏が考えた「荷物の密度を高めれば成立する」という仮説が、規模の拡大によって実現していきます。
宅急便は一つのサービスで終わらなかった
市場が育つと、新しい需要も見えてきます。
ヤマトは、基本の宅急便を土台に、さまざまなサービスを追加しました。
1983年にはスキー宅急便、翌1984年にはゴルフ宅急便を発売します。さらに、1987年にはクール宅急便を一部地域で開始し、翌1988年に本格展開しました。
「荷物を運ぶ」から利用場面へ広げた
スキー宅急便は、旅行先まで重いスキー用品を持ち歩く負担を減らします。
ゴルフ宅急便も同じです。
クール宅急便では、常温では送りにくかった食品などを配送できます。
つまり、新しいサービスを考える時に「運送機能を増やそう」と考えただけではありません。
利用者がどんな場面で荷物に困っているかを見ています。
この発想は、ヒット商品に共通する7つの特徴|企業事例から成功の秘訣を解説で扱った「使用場面から市場を広げる」という考え方にもつながります。
宅急便が作ったのは「運送商品」だけではない
宅急便の登場前にも、荷物を送る方法はありました。
そのため、ヤマトが発明したのは「物をA地点からB地点へ移動させること」ではありません。
変えたのは、個人が荷物を送る体験です。
自宅から頼める。翌日届く。料金体系が分かりやすい。近所から発送できる。
こうした要素をまとめて提供しました。
マーケティングでは、新しい技術がなければ新商品を作れないと思われがちです。
しかし、既存の機能を組み直し、顧客にとって使いやすい体験へ変えることでも、市場は作れます。
コストコとは逆に「小口」を価値にした
コストコはなぜ会員制なのか?年会費を払っても通いたくなる理由では、大容量販売によって一商品あたりの効率を高める仕組みを解説しました。
ヤマトが選んだのは、ある意味で逆の方向です。
一度に大量の商品を運ぶ法人輸送ではなく、一個ずつ送る家庭の荷物へ向かいました。
ただし、考え方には共通点があります。
コストコは会員を集め、一定の購買量を一つの店舗へ集中させます。ヤマトは小口荷物を大量に集め、配送網の密度を高めました。
一件の大きさより、仕組み全体で効率を作っている点は同じです。
商品認知度の低い市場では「使い方」から教える
宅急便が始まった1976年、一般家庭には個人宅配を頻繁に使う習慣がありませんでした。
そのため、「宅急便を発売しました」だけでは、利用方法が伝わりません。
テレビCMで「電話ひとつ」「翌日配達」と伝えた理由も、ここにあります。
商品認知度とは?ユージン・シュワルツに学ぶ5段階の認知度でも解説したように、新しい解決策を知らない人には、商品名より先に「どんな問題を、どう解決できるのか」を伝える必要があります。
宅急便は、新しい配送サービスを売ると同時に、新しい送り方も市場へ教えました。
ヤマトの戦略にも再現しにくい部分がある
宅急便の成功を見て、「競合が見ていない小さな市場を狙えば成功する」と単純化するのは危険です。
小口配送を成立させるには、莫大な配送網が必要になります。
営業所、車両、ドライバー、取次店、情報システムなどを整備しなければなりません。
さらに、荷物が十分に集まるまでは、配送密度も低いままです。
ヤマトには、既存の運送会社として蓄積していた設備とノウハウがありました。その土台があったからこそ、新しい市場へ挑戦できました。
市場の隙間と、小さすぎる市場は違う
競合がいない理由にも注意が必要です。
誰も気づいていない有望市場なのか。それとも、利益が出ないため誰も参入していないのか。
この違いを判断しなければなりません。
ヤマトは、UPSの事例や自社の配送網を参考に、荷物の密度が上がれば収益化できるという仮説を持っていました。
つまり、勢いだけで個人宅配へ参入したわけではありません。
あなたのビジネスにどう応用するか?
宅急便と同じ物流ネットワークを作る必要はありません。
応用できるのは、競合が避けている顧客や行動を、別の仕組みで収益化できないか考える方法です。
大口顧客だけを追いかけていないか?
企業は、売上の大きな顧客を優先しやすくなります。
法人向けなら、大企業との契約を取りたいでしょう。制作会社なら、高額案件へ集中したくなります。
しかし、大手企業同士が競争する市場では、価格や実績で不利になります。
そこで、小さな依頼をまとめて効率化できないか考えます。
たとえば、高額な個別コンサルだけでなく、月額制のグループ支援を作る方法があります。個別制作の一部をテンプレート化し、低価格で提供する選択肢もあります。
一件の売上は小さくても、仕組みで大量に提供できれば事業になります。
顧客が「面倒だから諦めていること」を探す
宅急便以前にも、人は荷物を送りたいと思っていました。
しかし、方法が面倒だったため、送ること自体を諦める場合があります。
あなたの商品でも同じです。
問い合わせが面倒だから相談しない。高額だから診断だけ受けたい。対面へ行く時間がないため講座を諦める。
こうした「欲しいが面倒」という場所には、新商品を作れる可能性があります。
単価より密度を見る
小さな仕事は、一件ずつ対応すると利益が残りません。
そこで、共通部分をまとめます。
同じ質問へ動画で回答する。診断をテンプレート化する。同じ業種へ共通のツールを提供する。
一件の単価ではなく、同じ仕組みを何人へ提供できるかで考えます。
ヤマトの小口配送と同じく、密度が高まれば収益性も変わります。
利用までの手間を商品設計に入れる
商品そのものが良くても、購入までが面倒なら使われません。
電話一本で集荷する宅急便は、荷物を運ぶ機能だけでなく、発送までの負担を減らしました。
オンラインサービスなら、申し込みフォームを短くできます。
講座なら、最初に見る動画を一つに絞れます。ツールであれば、初期設定を代行する方法もあります。
利用前の面倒を減らすだけでも、顧客数が増える可能性があります。
最初から利益を削り続けない
「サービスが先、利益は後」は、赤字を永遠に続ける考え方ではありません。
顧客数が増えた時に、収益性が改善する構造が必要です。
利用者が増えるほどサポート費用も同じ割合で増えるなら、規模を拡大しても利益は残りません。
そのため、成長した時に何が効率化されるのかを、事前に考えておく必要があります。
ヤマト運輸に学ぶべき本当のこと
宅急便は、「物流会社が配送サービスを一つ追加した」という程度の話ではありません。
当時の大和運輸は、長距離輸送で競合に出遅れ、オイルショックも重なり、厳しい経営状況にありました。
そこで小倉昌男氏は、強い競合を追いかける道から離れます。
注目したのは、一件あたりの売上が小さく、手間もかかる家庭の荷物でした。
しかし、その荷物を大量に集めれば配送密度が高まり、事業として成立すると考えます。
そのうえで、電話一本の集荷、翌日配達、取次店という便利な仕組みを作りました。広告では、難しい物流技術よりも「電話ひとつで翌日届く」という利用者の変化を伝えています。
結果として、1978年度には年間1000万個、1983年度には1億個、1992年度には5億個を超える市場へ成長しました。
強い競合がいるなら、同じ市場で少し良い商品を作ることだけが答えではありません。
競合が面倒だと避けている顧客に注目し、その小さな需要を大量に集められる仕組みを作る方法があります。
ヤマト運輸が変えたのは、トラックの性能ではありません。
「個人が荷物を送るのは面倒」という常識そのものを変えたのです。

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