デオドラントのマーケティングで面白いのは、体臭をただの自然な現象ではなく、「放っておくと人に嫌われるかもしれない問題」に変えたところです。Smithsonianは、20世紀初頭のアメリカで、広告が人々に「自分はニオっているかもしれない」と思わせ、デオドラント市場を広げた事例を紹介しています。
汗をかくこと自体は、昔から当たり前にありました。
暑ければ汗をかく。緊張しても汗をかく。動けば汗をかく。人間の体としては自然なことです。
でも、自然なことと、社会的に気にされることは違います。
デオドラントの広告がうまかったのは、汗や体臭を「体の現象」としてではなく、「人間関係で損をするかもしれない問題」として見せたことです。
つまり、デオドラントは体臭を消す商品を売っただけではありません。
体臭を、放っておけない問題に変えたのです。
体臭はもともと大きな問題ではなかった
今では、汗のニオイを気にするのは当たり前のようになっています。
夏になると制汗剤を使う。人と会う前にデオドラントを使う。電車や職場でニオイが気になる。こうした感覚は、多くの人にとって自然なものになっています。
でも、昔から全員が同じように気にしていたわけではありません。
Smithsonianの記事では、当時のOdoronoという制汗剤について、商品を知っている女性は多かったものの、実際には「自分には必要ない」と考える人も多かったと紹介されています。そこで広告側は、汗を「深刻な恥ずかしさ」として見せる方向に切り替えました。
ここが重要です。
商品があるだけでは、市場は大きくなりません。
お客さんが「それは自分に必要だ」と思わなければ、商品は買われません。
だから広告は、まず体臭を「自分にも関係ある問題」として認識させる必要がありました。
「あなたは臭い」と言わずに、不安を作った
体臭も口臭と同じで、かなりデリケートなテーマです。
もし広告で「あなたは臭いです」と正面から言われたら、多くの人は嫌な気持ちになります。
失礼だと感じる。自分は大丈夫だと思う。そんな不安をあおるなと反発する。
だから、広告は真正面から言わない。
代わりに使ったのが、「周りは言わないけれど、実は気づいているかもしれない」という見せ方です。
Smithsonianの記事でも、広告担当者は汗を「誰も直接は教えてくれないけれど、陰で噂される社交上の失敗」として見せたと紹介されています。
これはかなり強い見せ方です。
本人は気づいていない。でも周りは気づいているかもしれない。
この構造は、人の不安を強く刺激します。
なぜなら、自分では確認しにくいからです。
自分の体臭は、自分では分かりにくい。周りの人も、わざわざ指摘してくれない。だからこそ、「もしかすると自分も」と思いやすい。
これは、リステリンが口臭を「ハリトーシス」という問題として見せた事例とかなり近いです。どちらも、自分では気づきにくいニオイを「人間関係に影響する問題」として再定義しました。
内部リンク:
リステリンが口臭を「放っておけない問題」に変えた事例
体臭を「人に嫌われる理由」に変えた
デオドラント広告が作ったのは、ただの清潔感ではありません。
人から嫌われたくない。
距離を置かれたくない。
陰で噂されたくない。
恋愛や仕事で損をしたくない。
こうした不安と体臭を結びつけました。
すると、デオドラントは単なるニオイ対策ではなくなります。
人間関係を守る商品になる。
ここがマーケティングとして重要です。
商品は、機能だけで見せると弱くなることがあります。
「汗のニオイを抑えます」だけなら、ただの機能説明です。
でも、「気づかない体臭で人から距離を置かれているかもしれません」と見せると、急に問題の重さが変わります。
商品を買う理由が、「ニオイを消したい」だけではなく、「人から悪く思われたくない」に変わるからです。
これは、1本11万円のウイスキーが「20年後の物語」で価値を作った事例とは逆方向の見せ方です。ウイスキーは買うことで得られる幸せな未来を見せました。デオドラントは、使わないことで失うかもしれない未来を見せたのです。
内部リンク:
1本11万円のウイスキーが「20年後の物語」で価値を作った事例
女性向けに「上品さ」という基準を作った
デオドラント広告では、特に女性に向けたメッセージが強く使われました。
National Museum of American Historyは、体臭対策商品の広告が女性を特に狙い、「女性らしい上品さ」や「甘さ」を求める空気を作っていったと説明しています。
ここも見逃せません。
ただ「臭いから使いましょう」ではない。
「上品な女性なら、ニオイに気をつけるべき」
「人前に出る女性なら、汗のニオイを放置してはいけない」
そういう基準を作ったわけです。
つまり、デオドラントは商品そのものだけでなく、新しいマナーを売りました。
これが市場を大きくしました。
一度「使うのが当たり前」という基準ができると、商品は単発で売れるだけではなく、習慣として買われるようになります。
毎朝使う。
外出前に使う。
夏になると買う。
人と会う前に使う。
こうして、体臭対策は日常の中に組み込まれていきました。
問題を作ると、習慣が生まれる
デオドラントの事例から分かるのは、問題を作ると習慣が生まれるということです。
最初は「自分には必要ない」と思っていた人でも、「もしかすると自分もニオっているかもしれない」と感じると、対策を考え始めます。
一度使う。
安心する。
人と会う前にも使う。
使わないと不安になる。
こうして、商品は単なる一回限りの購入ではなく、毎日の習慣になります。
これはコカ・コーラが無料クーポンで「まず試してもらう入口」を作った事例とも少し似ています。コカ・コーラは飲む体験を作り、デオドラントは使わない不安を作りました。方法は違いますが、どちらも「行動するきっかけ」を作っているのです。
内部リンク:
コカ・コーラが無料クーポンで試すきっかけを作った事例
この事例から分かること
デオドラントの事例から分かるのは、商品を売る前に、問題の見え方を変えることが大事な場合があるということです。
汗をかくことは自然なことです。
体臭も、昔から存在していました。
でも、それを「人に嫌われるかもしれない問題」「自分では気づけない問題」「上品さを損なう問題」として見せることで、デオドラントは必要な商品になりました。
もちろん、何もないところに嘘の不安を作るべきではありません。
ただ、もともと存在している悩みを、相手が放っておけない問題として認識できるように見せることは、マーケティングでは非常に重要です。
デオドラントは、体臭を消す商品を売ったのではありません。
体臭を、放っておけない問題に変えました。
だから、単なるニオイ対策ではなく、日常的に使われる習慣商品になっていったのです。
売れる商品には、必ず理由があります。
そしてその理由は、商品の機能だけではなく、「どんな問題を作ったのか」「どんな不安を自分ごとにしたのか」という見せ方の中にも隠されています。


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