リステリンのマーケティングで本当に面白いのは、口臭を解決したことではありません。口臭を「放っておけない問題」に変えたことです。
もちろん、口臭そのものは昔からありました。人と話すときに気になるニオイ。自分では気づきにくいニオイ。周りもなかなか指摘しにくいニオイ。そういう悩みは、リステリンが登場する前から存在していたはずです。
でも、ただ存在している悩みと、お金を払ってでも解決したい問題は違います。
リステリンがうまかったのは、口臭を「ちょっと気になるニオイ」ではなく、「気づかないうちに人間関係を壊すかもしれない問題」として見せたことです。
つまり、リステリンはマウスウォッシュを売る前に、まず問題を作ったのです。
口臭に「ハリトーシス」という名前をつけた
リステリンの広告で有名なのが、「halitosis」という言葉です。日本語では口臭という意味ですが、日常的な「bad breath」よりも、どこか専門的で深刻に聞こえます。
ここが重要です。
人は、名前のない悩みには気づきにくいものです。
なんとなく人と距離を感じる。なぜか会話が続かない。恋愛がうまくいかない。相手の反応が少し冷たい。でも、その理由が分からない。
そこに「それはハリトーシスかもしれません」と言われると、曖昧だった不安が、急に名前のある問題になります。
名前がつくと、人はその問題を認識しやすくなります。
ただの口のニオイではなく、ハリトーシス。そう言われるだけで、「何か対策したほうがいい問題」に見えてくる。
これは、言葉によって市場を作るマーケティングです。
「あなたの口は臭い」とは言わなかった
口臭は、とてもデリケートなテーマです。
もし広告で「あなたの口は臭いです」と言われたら、多くの人は反発します。失礼だと感じる人もいるでしょうし、「自分は大丈夫」と思う人もいるはずです。
問題をストレートに突きつけるほど、人は心を閉ざしてしまうことがあります。
そこでリステリンは、口臭を直接指摘しませんでした。
代わりに使ったのが、ストーリーです。
有名なコピーに「Often a bridesmaid… never a bride!」があります。日本語にすれば、「いつも花嫁付添人には選ばれる。けれど、花嫁にはなれない」という意味です。
このコピーがうまいのは、「あなたは口が臭い」と言っていないところです。
魅力もある。友人にも恵まれている。花嫁付添人には何度も選ばれる。でも、なぜか自分は花嫁になれない。その原因は、本人が気づいていない口臭かもしれない。
こう見せることで、読者は責められているのではなく、物語を読んでいる感覚になります。
そして、ふと思うわけです。
もしかすると、自分にも気づいていない問題があるのかもしれない。
これがストーリー広告の強さです。
口臭を「人生で損する問題」に変えた
リステリンが作った問題は、単なる口のニオイではありません。
口臭によって、恋愛がうまくいかないかもしれない。結婚のチャンスを逃しているかもしれない。仕事で相手に距離を置かれているかもしれない。人間関係で損をしているかもしれない。
つまり、口臭を「人生に影響する問題」として再定義したのです。
ここで、商品の見え方が変わります。
ただのマウスウォッシュなら、「口をすっきりさせる商品」です。でも、ハリトーシス対策として見せると、「人間関係の不安を減らす商品」に変わります。
この差は大きいです。
人は、ただ口をゆすぐためだけにお金を払うのではありません。自分では気づけない欠点を防ぎたい。人から嫌われたくない。大事な場面で損をしたくない。そういう不安を解消するために行動します。
リステリンは、商品を売る前に「この問題を放っておくと損をするかもしれない」と見せた。
だから、口臭対策がただのエチケットではなく、必要な行動に変わったのです。
商品を売る前に、問題の重要度を上げた
普通に売ろうとすると、流れはこうなります。
リステリンがあります。口臭を防ぎます。だから買ってください。
でも、これでは弱い。
なぜなら、お客さんがまだ口臭を深刻な問題だと思っていないからです。
リステリンがやったのは、順番が違います。
あなたが気づいていない問題があります。その問題のせいで、人間関係で損をしているかもしれません。その問題にはハリトーシスという名前があります。放っておくのは危険です。その対策がリステリンです。
この順番です。
まず問題を認識させる。次に、その問題を放置する怖さを見せる。最後に、解決策として商品を出す。
これが強いのです。
これは、1本11万円のウイスキーが「20年後の物語」で価値を作った事例とは逆方向の見せ方です。ウイスキーは、買うことで得られる未来を見せました。リステリンは、買わないことで失うかもしれない未来を見せました。
内部リンク:
1本11万円のウイスキーが「20年後の物語」で価値を作った事例
問題を作ると、市場が生まれる
リステリンの事例から分かるのは、市場は商品だけで作られるわけではないということです。
市場は、問題の見せ方によっても作られます。
口臭は昔からあった。でも、それを「対策すべき重大な問題」として多くの人が認識していなければ、市場は大きくなりません。
そこでリステリンは、ハリトーシスという名前を使い、恋愛や結婚のストーリーを使い、口臭を自分ごと化させました。
これは、ファッション業界で「ジーパン」を「デニム」と言い換えることで商品の印象を変える話にも近いです。言葉を変えると、見え方が変わる。リステリンの場合は、口臭に名前をつけることで、ただの不快感を「解決すべき問題」に変えたのです。
内部リンク:
ファッション業界で「ジーパン」を「デニム」と言い換える事例
この事例から分かること
リステリンの事例から分かるのは、商品を売る前に、問題を作ることが大事な場合があるということです。
もちろん、何もないところに嘘の問題を作るという意味ではありません。
もともと存在している悩みを、相手が放っておけない問題として認識できるように見せるということです。
口臭は昔からありました。でも、リステリンはそれを「ハリトーシス」という名前で呼び、「気づかないうちに恋愛や人間関係を壊すかもしれない問題」として見せました。
その結果、マウスウォッシュは単なる口をゆすぐ商品ではなく、不安を解消するための商品になりました。
売れる商品には、必ず理由があります。
そしてその理由は、商品の機能だけではなく、「どんな問題を解決する商品として見せるか」にも隠されています。
リステリンは、口臭を消す商品を売ったのではありません。
口臭を、放っておけない問題に変えたのです。


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