商品を便利にすれば、お客さんは喜んでくれる。そう考えたくなる場面は多いはずです。手間を減らす。時間を短くする。難しい工程をなくす。誰でも簡単にできるようにする。商品開発でも、サービス設計でも、これは自然な方向です。
けれど、すべての手間をなくせば売れるわけではありません。
場合によっては、簡単にしすぎたせいで、お客さんが買いにくくなることがあります。
ホットケーキミックスやケーキミックスの話は、その代表的な事例としてよく語られます。粉に卵や牛乳を混ぜて焼くだけで、ふわっとしたホットケーキができる。今では当たり前のように感じますが、この「少しだけ自分で作る」という工程には、かなり深い意味があります。
有名なマーケティング逸話として、アメリカのケーキミックスは、あまりにも簡単すぎたために主婦たちに「手抜きしている」という罪悪感を生み、卵を自分で加える工程を残したことで受け入れられやすくなった、という話があります。
「簡単すぎる」は、必ずしも褒め言葉ではない
この話には諸説があります。General Mills公式の記事では、1949年にParty Cake MixとDevil’s Food Cake Mixが出た際、テスト中に家庭のベーカーから「自分で卵などを加えたい」という声があり、卵を加える説明に更新されたと紹介されています。一方、Bon Appétitの記事では、1930年代のDuff社のケーキミックス特許ですでに「消費者は新鮮な卵を好む」という心理的な観点が書かれていたこと、さらに1950年代にErnest Dichterが「主婦はもっと制作過程に関わりたい」と指摘した流れも紹介されています。
つまり、ここで大事なのは「卵を入れたから売れた」という単純な話ではありません。
お客さんは、便利さだけで商品を選んでいるわけではないということです。
便利すぎる商品が、なぜ売れないことがあるのか?
便利な商品は、本来なら歓迎されるはずです。
時間が短くなる。失敗しにくくなる。材料をそろえる必要がなくなる。誰でも同じように作れる。
こうしたメリットは、たしかに強いです。
しかし、便利さが行きすぎると、お客さんの中に別の感情が生まれることがあります。
「自分は何もしていない」
「手抜きしているように見える」
「これを出して、本当に自分が作ったと言えるのか」
「家族のためにちゃんとやっていない気がする」
このような感情です。
手間を減らしすぎると、罪悪感が生まれる
当時のアメリカでは、家庭でケーキを焼くことは、ただの調理ではありませんでした。
誕生日や記念日など、大切な場面で家族のために用意するもの。愛情や気遣いを表すもの。自分が手をかけた証でもありました。
そこに「水を入れて焼くだけ」の商品が現れた。
機能としては便利です。
けれど、作る側の気持ちとしては、少し複雑だったはずです。
簡単すぎることで、「家族のためにちゃんと作った」という実感が薄くなる。便利なはずなのに、どこか後ろめたい。そうなると、商品は選ばれにくくなります。
商品が売れない理由は、価格や機能だけではありません。
お客さんの信念に触れている可能性があります。
ケーキミックスは「簡単すぎること」が壁になった
ケーキミックスの有名なエピソードが面白いのは、売れない原因が「不便さ」ではなく「便利すぎること」にあったとされる点です。
普通なら、手間を減らせば売れそうです。
材料を計らなくていい。混ぜるだけでいい。焼くだけでいい。これほど分かりやすい価値はありません。
それでも、作る人の心の中では「これで本当に自分が作ったと言えるのか」という引っかかりが生まれていた。
ここが重要です。
人は機能だけで買っているわけではない
お客さんは、便利さだけで商品を選んでいません。
自分らしさ、家族への思い、プライド、信念、罪悪感、周りからどう見られるか。こうした感情も含めて判断しています。
家族のために作るケーキなら、「簡単にできる」だけでは足りません。
「私が作った」
「家族のためにひと手間かけた」
「ちゃんと気持ちを込めた」
そう感じられることも大切です。
これはファブリーズの事例にも通じます。商品は機能だけでなく、お客さんの生活の中でどんな意味を持つのかが大事です。ニオイを消すという機能だけではなく、「人を家に招ける安心感」や「清潔にしている自分」という感情が、商品を使う理由になります。
卵を入れる工程は、ただの作業ではなかった
卵を入れる工程は、効率だけで考えれば面倒です。
卵を割る。混ぜる。手が汚れる。材料を用意する必要がある。完全な時短商品を目指すなら、なくしたくなる工程です。
それでも、この小さな手間には意味がありました。
卵を割ることで、作る人が参加できます。
ただ粉に水を入れるだけではなく、自分の手で材料を加えた感覚が生まれます。
小さな手間が「私が作った」という実感を戻した
卵を入れるという作業は、料理としては小さな工程です。
しかし、心理的には大きな意味を持ちます。
「私が作った」
「ちゃんと手をかけた」
「家族のために用意した」
この実感が戻るからです。
ここで大事なのは、手間そのものではありません。
お客さんが自分の役割を感じられることです。
商品やサービスが便利になりすぎると、お客さんは受け身になります。受け身になると、満足度が下がることがあります。
一方で、自分も少し関わったと感じられると、愛着や納得感が生まれます。
お客さんの信念に反すると、便利でも選ばれない
売る側は、機能や価格を見ています。
どれだけ便利か。どれだけ安いか。どれだけ早いか。どれだけ簡単か。
もちろん、これらは重要です。
ただ、お客さんの中には「こうありたい」という信念があります。
良い母親でいたい。家族を大切にしたい。自分で選んだと思いたい。ちゃんと努力したと思いたい。手抜きではなく、賢く工夫したと思いたい。
この信念に反すると、どれだけ便利でも選ばれません。
商品は、お客さんの自己イメージとぶつかることがある
人は商品を買う時、自分のイメージも一緒に守っています。
「これは自分らしい選択か」
「これを使う自分を肯定できるか」
「家族や周りにどう説明できるか」
こうした感情が、購入のブレーキになります。
完全自動で全部やってくれるサービスがあったとしても、お客さんが「自分もちゃんと関わりたい」と思っていれば、丸投げ感が不安になることがあります。
反対に、少しだけ自分で選べる、少しだけ手を加えられる、最後の判断は自分でできる。こうした余白があると、お客さんは納得しやすくなります。
この考え方は、いつか必要な商品を今欲しい商品に変える方法にも近いです。お客さんは、ただ便利だから動くのではなく、「今の自分に必要だ」「この選択は自分に合っている」と感じた時に行動します。
「あえて残す手間」が価値になることがある
売る側は、ついすべてを簡単にしたくなります。
入力を減らす。選択肢を減らす。作業を減らす。考える手間をなくす。
もちろん、面倒すぎる商品は売れにくいです。
とはいえ、全部の手間をなくせばいいわけではありません。
お客さんが価値を感じる手間は、残した方がいいことがあります。
面倒な手間と、誇らしい手間は違う
手間には2種類あります。
ひとつは、ただ面倒な手間です。分かりにくい入力フォーム、無駄に長い説明、探しにくい申込ページ、複雑すぎる操作。これは減らした方がいい手間です。
もうひとつは、誇らしい手間です。自分で選ぶ、自分で仕上げる、自分の言葉で書く、自分の判断で決める、最後にひと手間加える。こちらは、お客さんの満足度を上げることがあります。
ケーキミックスの卵は、ただの面倒な手間ではなく、「自分が作った」という実感を生む手間だったと考えられます。
コストコの年会費のように、一見ハードルに見えるものが、うまく設計されると価値になることもあります。年会費を払うことで「会員として買い物をする」という体験が生まれるように、商品に残された小さな手間も、設計次第で価値に変わります。
あなたのビジネスにどう応用するか?
この話は、食品だけの話ではありません。
講座、コンサル、サービス、オンライン商品、ツール、教材、サロン、整体、Web制作。どんなビジネスにも応用できます。
大切なのは、便利にすることと、お客さんの役割を奪うことを混同しないことです。
お客さんが誇れる余白を残す
まず、自分の商品やサービスで、お客さんが「自分でやった」と感じられる部分を考えてみてください。
講座なら、ただ動画を見るだけではなく、自分の商品に置き換えるワークを入れる。コンサルなら、答えを全部渡すのではなく、本人が判断できる整理シートを用意する。デザインなら、最後に選べる余白を残す。料理教室なら、最後の盛り付けを自分で完成させる。
このように、お客さんが参加できる部分を残すと、商品への納得感が高まりやすくなります。
大事なのは、無駄に面倒にすることではありません。
お客さんが誇れる手間を残すことです。
「簡単です」だけで売らない
便利な商品を売る時ほど、「簡単です」だけでは弱くなることがあります。
簡単すぎると、お客さんによっては価値を感じにくくなります。
特に、高額商品や学習系の商品では注意が必要です。
「たった5分でできます」
「何もしなくて大丈夫です」
「完全丸投げでOKです」
こうした言葉は、場合によっては魅力的です。しかし、お客さんが「自分もちゃんと成長したい」「自分でできるようになりたい」と思っている場合には、逆効果になることもあります。
その場合は、こう伝えた方が自然です。
「難しい部分はこちらで整理します。ただし、あなたの商品に合う形にするために、最初にいくつか質問に答えてもらいます」
「テンプレートは用意しています。でも、最後はあなたの言葉に置き換えられるように設計しています」
「こちらで導線を作ります。ただ、あなた自身が納得して使えるように、一緒に確認する時間を取ります」
この方が、お客さんの参加感が生まれます。
信念に反しない提案にする
最後に、お客さんが大切にしている信念を考えることです。
家族を大切にしたい。自分で選びたい。手抜きに見られたくない。ちゃんと成長したい。努力している自分でいたい。プロに任せたいけれど、丸投げで何も分からないのは嫌だ。
こうした信念を無視すると、商品は便利でも売れにくくなります。
反対に、その信念に沿った形で商品を見せると、選ばれやすくなります。
たとえば、[激落ちくんの記事]でも触れたように、機能商品は性能だけでなく、名前や見た目によって「覚えやすい」「使いやすそう」「人に説明しやすい」と感じてもらうことが大切です。ケーキミックスの卵も同じで、機能だけではなく、お客さんの気持ちに沿う設計が商品価値を変えました。
売れる商品は、ただ便利な商品ではありません。
お客さんが自分の選択を肯定できる商品です。
使いやすくすることは大切です。ただし、お客さんのプライドや信念まで削ってしまうと、かえって買う理由が消えてしまうことがあります。
売る側が考えるべきなのは、「どこまで手間を減らすか」だけではありません。
どの手間を残せば、お客さんが誇れるのか。
どの余白があると、「自分がやった」と感じてもらえるのか。
どんな言葉にすれば、「手抜き」ではなく「賢い選択」だと思ってもらえるのか。
ここまで考えた時、商品はただ便利なものではなく、お客さんの心に沿ったものになります。


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