値上げを発表すれば、顧客から不満が出る。多くの企業はそう考え、価格改定の案内をできるだけ目立たせないようにします。
ホームページの片隅へ「価格改定のお知らせ」を掲載し、原材料費や物流費の上昇を説明する。必要な情報は伝わるものの、読み手の記憶にはほとんど残りません。
ところが、ガリガリ君を販売する赤城乳業は、正反対の方法を選びました。
2016年4月、25年ぶりとなる値上げに合わせ、会長や社長を含む社員が並びます。そして、神妙な表情でカメラを見つめ、最後に全員で頭を下げました。
60円から70円への値上げを伝えた広告は、大きな話題になります。批判を避けるための告知ではなく、価格改定そのものを広告の中心に据えたのです。
なぜ、謝罪する広告が消費者の好感を集めたのでしょうか。
成功の背景には、面白い映像だけでなく、25年間価格を維持した実績があります。さらに、社員の表情、音楽、短いコピー、広告を出すタイミングまで一貫していました。
ガリガリ君は、どのように生まれたのか?
ガリガリ君は、赤城乳業が1981年に発売した氷菓です。
開発のきっかけは、同社が販売していたカップ入りのかき氷「赤城しぐれ」でした。子どもが遊びながら、片手で食べられるかき氷を作れないか。そんな発想から開発が始まります。
かき氷を棒アイスにした商品
かき氷へ棒を刺すだけでは、溶けたときに形が崩れます。また、棒が抜けてしまう問題もありました。
そこで、かき氷の外側をアイスキャンディーで包みます。この構造により、棒から抜けにくく、片手でも食べやすくなりました。
赤城乳業のガリガリ君公式プロフィールでは、1980年に開発を始めた経緯が紹介されています。商品名は、中に入ったかき氷の「ガリガリ」という食感から生まれました。
子どもが自分で買える価格を重視した
発売当時の希望小売価格は、税別50円でした。その後、1991年に60円へ改定されます。
赤城乳業は、そこから2016年まで価格を据え置きました。25年間にわたり、60円を維持した計算です。
低価格は、ガリガリ君の特徴の一つでした。子どもが自分のお金で買いやすく、友達と一緒に気軽に楽しめます。
つまり、60円という数字は単なる価格ではありません。ガリガリ君らしさを形作る、ブランドの一部だったのです。
なぜ、2016年に値上げしたのか?
赤城乳業は2016年3月、ガリガリ君を含む商品の価格改定を発表しました。
同年4月1日出荷分から、ガリガリ君の希望小売価格を税別60円から70円へ引き上げます。1991年以来、25年ぶりの値上げでした。
企業努力だけでは吸収できなくなった
赤城乳業が発表した2016年の価格改定資料では、値上げに至った理由が説明されています。
背景にあったのは、原材料や包装資材の価格上昇です。物流費の高止まりに加え、人手不足による人件費の上昇も重なっていました。
同社は、経営の合理化や効率化によって価格を維持してきました。しかし、自社努力だけでコストを吸収することが難しくなり、価格改定を決めています。
10円でも、ブランドにとっては大きかった
金額だけを見れば、値上げ幅は10円です。
しかし、60円から70円への変更率は約16.7%になります。また、長く守ってきた価格を変えるため、ブランドにとっても軽い判断ではありません。
消費者にとって、ガリガリ君は「安く買えるアイス」という印象が強い商品です。
価格を変えることは、そのブランドイメージへ手を入れることでもあります。だからこそ、赤城乳業は一般的な告知文だけで終わらせませんでした。
値上げ広告では、何が行われたのか?
値上げが始まった2016年4月1日、赤城乳業はテレビCMと新聞広告を展開しました。
テレビCMの放送期間は、4月1日と2日の2日間だけです。限られた期間に集中して公開されました。
会長や社長を含む社員が出演した
CMには、俳優やタレントが登場しません。
赤城乳業の会長、社長、社員が屋外に並び、カメラをまっすぐ見つめます。その表情は真剣で、一般的な商品CMのような笑顔もありません。
映像の最後には、社員全員が一斉に頭を下げました。
赤城乳業による当時の発表では、値上げについて寄せられた声に、社員が真剣に応える広告だと説明されています。
高田渡の「値上げ」が流れた
映像では、フォーク歌手の高田渡が歌う「値上げ」が使われました。
曲の中では、値上げを避けようと努力したものの、やむを得ず価格を上げるという内容が淡々と歌われます。
社員が静かに立つ映像と、率直な歌詞が重なりました。その結果、事情を長々と説明しなくても、企業の苦渋が伝わる構成になっています。
CMは60秒で制作され、出演者は赤城乳業の社員でした。放送番組センターの記録にも、制作年や出演者、広告会社などが残されています。
なぜ、値上げ広告が批判されなかったのか?
値上げの広告を出しただけで、消費者から好感を持たれるわけではありません。
企業が大げさに謝罪すると、「話題作りではないか」と反発される可能性もあります。
ガリガリ君の広告が受け入れられた理由は、表現の面白さと、企業の実績が一致していたからです。
25年間の価格維持が根拠になった
赤城乳業は、値上げを避けたいと言葉で主張しただけではありません。
1991年から2016年まで、実際に60円を維持していました。この事実が、広告全体の説得力を支えています。
仮に前年にも値上げし、翌年も価格を引き上げていたなら、同じ謝罪CMを出しても反応は違ったでしょう。
長期間にわたって価格を守った履歴があるため、消費者は「できる限り踏ん張ったのだろう」と理解できます。
コピーライティングでは、主張だけでなく証拠が必要です。ガリガリ君の場合、25年という時間そのものが、最も強い証拠になりました。
値上げ幅を隠さなかった
広告では、60円から70円になることを明確に伝えています。
曖昧な言葉でぼかさず、変更前と変更後を並べました。顧客は、自分への影響をすぐ理解できます。
価格改定の案内で不信感が生まれる原因の一つは、必要な情報を探しにくいことです。
「一部商品の価格を改定します」とだけ書かれていれば、読み手は対象商品や金額を調べなければなりません。ガリガリ君の広告には、その面倒がありませんでした。
社員全員が頭を下げる演出は、なぜ強かったのか?
企業広告では、整った文章や美しい映像が使われます。
しかし、企業が本当に申し訳なく感じているかどうかは、文章だけでは判断しにくいものです。
ガリガリ君のCMは、社員の顔と態度を前面へ出しました。
顔が見えると、企業が人になる
社名やロゴだけでは、企業を具体的な存在として感じにくくなります。
一方、商品を作っている社員が並べば、その向こうに人がいると分かります。
社員は俳優ではないため、表情や立ち方にも独特のぎこちなさがありました。その不器用さが、作り込まれた謝罪よりも自然に映ります。
企業から消費者へ送る一方的な通知が、人から人へのメッセージに変わったのです。
トップも同じ列に並んだ
広告には、一般社員だけでなく会長や社長も出演しました。
経営判断に関わる立場の人が前に出ると、責任の所在が伝わります。
現場社員だけに説明させず、経営陣も同じ画面に立つ。この構図が、会社全体の判断だという印象を強めました。
社員一同という言葉を文章へ書くより、実際に社員が並んでいる映像のほうが伝わります。まさに「見せて伝える」広告でした。
謝罪とユーモアは、どう両立したのか?
CMに映る社員の態度は真剣です。
その一方で、曲の選び方や映像の間には、ガリガリ君らしいユーモアがあります。
深刻になりすぎず、ふざけすぎてもいない。この絶妙な調整が、広告を見やすくしました。
商品の人格から外れなかった
ガリガリ君は、親しみやすいキャラクターを中心にしたブランドです。
変わった味の商品を発売したり、消費者が楽しめる企画を行ったりしてきました。広告にも、少し肩の力が抜けた空気があります。
値上げのときだけ、格式の高い企業広告へ変われば、普段のブランドとの距離が生まれます。
赤城乳業は、真剣に謝りながらも、ガリガリ君らしい表現を残しました。だからこそ、消費者も重く受け止めすぎずに済んだのでしょう。
笑わせるより、にじませた
広告の中心は、あくまで価格改定への説明です。
社員が派手な演技をしたり、値上げを笑い飛ばしたりはしていません。
ユーモアは、選曲や長い沈黙から自然に生まれます。
この控えめな使い方により、謝罪の真剣さを壊さず、記憶に残る広告へ仕上がりました。
なぜ、短期間のCMが大きく広がったのか?
テレビCMが放送されたのは、2016年4月1日と2日の2日間でした。
しかし、映像はインターネット上で広がり、多くのニュースや番組に取り上げられます。
広告自体がニュースになった
宣伝会議の取材によると、価格改定と値上げCMに関する報道は、2016年6月下旬までに延べ300媒体を超えました。
同記事では、CMのYouTube再生回数が累計230万回に達したことも紹介されています。
さらに、日本国内だけでなく、米国やアジアでも報じられました。宣伝会議の記事では、CMが値上げ報道の論調を前向きな方向へ導いた経緯が語られています。
メディアが紹介したくなる構造があった
「人気アイスが値上げした」だけでは、短いニュースで終わります。
ところが、社員全員が出演して頭を下げたとなれば、映像として紹介する価値が生まれます。
25年ぶり、10円、2日間限定、社員総出という要素も、見出しにしやすい情報です。
広告を買った範囲だけでなく、ニュースやSNSを通じて認知が広がりました。広告そのものが、報道される素材になったわけです。
コピーが少ないのに、なぜ伝わったのか?
価格改定を説明する文章は、長くなりがちです。
原材料費、物流費、包装資材、人件費などを並べれば、値上げの理由は詳しく説明できます。
ただし、情報が増えるほど、広告としての印象は弱まります。
伝える内容を一つに絞った
ガリガリ君の値上げ広告が伝えた中心メッセージは、非常に明快です。
「25年間価格を守ってきたが、60円から70円へ値上げする。そのことを申し訳なく思っている」
必要な内容が、この一本に集約されています。
詳しい事情は、プレスリリースや報道資料で説明できます。CMでは、顧客へ最も伝えたい感情に絞りました。
情報を削ったからこそ、社員の表情やお辞儀が強く印象に残ります。
言葉より、状況がコピーになった
社員が整列し、値上げの歌を聞きながら、最後に頭を下げる。
映像全体が一つのメッセージになっています。
ユージン・シュワルツに学ぶ、ヘッドラインを強化する38の方法でも触れている通り、コピーの役割は文章を増やすことではありません。
顧客が意味をすぐ理解できるなら、表情、構図、数字、音楽もコピーとして機能します。
値上げでブランド価値は本当に上がったのか?
値上げ広告が話題になったからといって、商品の価値が自動的に高まるわけではありません。
広告による一時的な好感と、継続的なブランド信頼は分けて考える必要があります。
広告は、過去の努力を見える形にした
赤城乳業は、CMを流したことで突然誠実な企業になったわけではありません。
25年間価格を維持した実績が先にありました。広告は、その努力を消費者が理解しやすい形へ変えています。
この順番が重要です。
中身のない企業が、感動的な広告だけを作っても、調べられれば矛盾が見つかります。一方、実績があっても伝えなければ、顧客には気づかれません。
行動と発信が一致したとき、企業姿勢がブランド価値になります。
価格以外の評価軸が強くなった
ガリガリ君の魅力は、安さだけではありません。
親しみやすいキャラクター、独特の食感、遊び心のある商品開発も支持されています。
値上げ広告は、そこへ「顧客を大切にする会社」という評価を加えました。
安さだけで選ばれる商品は、さらに安い競合が出れば苦しくなります。企業への信頼や愛着があれば、10円の差だけで関係が切れにくくなるでしょう。
2024年の値上げでは、何を変えたのか?
赤城乳業は2024年3月、ガリガリ君を税別70円から80円へ値上げしました。
2016年以来、8年ぶりの価格改定です。
同社は再び、社員が出演する広告を展開しました。ただし、前回とまったく同じ内容を繰り返したわけではありません。
前回より深く頭を下げた
2024年の赤城乳業公式発表では、社員が前回より深くお辞儀をしたと説明されています。
新聞広告や交通広告も使い、値上げへの気持ちを伝えました。
2016年の広告を知っている人には、続編として楽しめます。初めて見る人にも、企業の姿勢がすぐ分かる構成です。
将来の値上げ広告まで撮影した
2024年の値上げ特設サイトには、80円から90円、90円から100円、100円から110円へ値上げする場合の写真まで掲載されました。
理由は、撮影を1回で済ませたほうが合理的だからです。
将来の値上げという深刻な話題を、経費削減のユーモアへ変えています。前回のコピーをなぞるだけでなく、消費者が新しく話したくなる要素を追加しました。
なお、赤城乳業は2026年3月出荷分から、ガリガリ君を税別80円から90円へ改定しています。価格の変遷は、1981年50円、1991年60円、2016年70円、2024年80円、2026年90円です。
他社が謝罪広告をまねても成功するのか?
社員を並べて頭を下げれば、同じ反応を得られるわけではありません。
見た目だけをまねると、過剰な演出や話題作りに見える危険があります。
長く守ってきた事実が必要になる
ガリガリ君には、25年間価格を据え置いた実績がありました。
その事実がなければ、深いお辞儀も説得力を持ちません。
企業が値上げ広告を作る前に確認すべきなのは、謝り方よりも、顧客へ示せる行動です。
品質を維持してきた。容量を減らさず努力した。業務改善を続けた。サービスを追加した。
こうした積み重ねがあれば、価格改定の説明にも根拠が生まれます。
ブランドに合った表現を選ぶ
ガリガリ君には、親しみとユーモアがあります。
一方、高額な医療サービスや安全性が重視される商品で、同じ軽さを使えば不信感につながるかもしれません。
重要なのは、面白い広告を作ることではありません。
顧客が普段から抱いているブランド像に合わせ、誠実さを伝えることです。
ブランドイメージを転換しながら、新しい顧客との関係を作った事例は、なぜ、オールドスパイスは“おじさんの匂い”から若者に売れるブランドになったのか?でも詳しく解説しています。
あなたのビジネスにどう応用するか?
中小企業や個人事業主も、原価や人件費の上昇により、価格改定が必要になる場面があります。
その際、謝罪文を長く書くより、顧客が判断するための材料を分かりやすく示してください。
値上げの事実を最初に伝える
案内文の冒頭では、対象商品、現在の価格、新価格、開始日を明記します。
理由を先に長く説明すると、顧客は結局いくらになるのか分かりません。
「2026年9月1日より、月額料金を5,000円から5,500円へ改定します」
このように、最も重要な情報を先に示します。その後で、背景や今後の対応を説明したほうが親切です。
これまでの努力を具体化する
「企業努力を続けてきました」だけでは、内容が伝わりません。
業務効率化、仕入れ先の見直し、固定費の削減など、実際に行った取り組みを説明します。
ただし、細かい経費をすべて公開する必要はありません。
顧客が知りたいのは、簡単に価格を上げたのか、維持する努力をしたのかという点です。判断できる範囲で、具体性を持たせてください。
守る価値を伝える
値上げの理由だけでは、顧客の視線がコストへ向きます。
今後も維持する品質や、改善するサービスも伝えましょう。
原材料の品質を守る。納期を維持する。サポート体制を強化する。
値上げによって何を守り、顧客へどのような価値を返すのか。それが分かれば、価格改定を前向きに検討しやすくなります。
顧客との関係に合う言葉を使う
長く付き合っている顧客へは、形式的な文章より、代表者自身の言葉が伝わりやすい場合があります。
反対に、多数の顧客へ一斉案内するサービスでは、感情だけでなく明確な条件提示が欠かせません。
商品認知度とは?ユージン・シュワルツに学ぶ5段階の認知度で紹介しているように、読み手の理解や関係性に合わせて表現を変える必要があります。
値上げを話題作りだけに使わない
奇抜な動画や強いコピーは、注目を集めます。
しかし、価格改定の説明が不十分なら、話題になっても信頼は残りません。
情報を明確に伝えたうえで、ブランドらしい表現を加える。この順番を守ることが大切です。
ガリガリ君の値上げ広告に学ぶべき本当のこと
ガリガリ君の値上げ広告は、謝れば消費者が許してくれるという事例ではありません。
25年間価格を維持してきた実績があり、それでも吸収できないコストが生じました。赤城乳業は値上げ幅と開始日を明確にし、社員自身の顔で伝えています。
加えて、親しみやすいブランドらしさを失わず、音楽と構図にユーモアを残しました。
広告が報道やSNSで広がったのは、奇抜だったからだけではありません。企業の行動、伝えた内容、見せ方が一致していたためです。
値上げは、顧客との関係が試される場面です。
安い価格を守ってきた年月、品質を維持する努力、経営者の姿勢。普段は見えにくい企業の中身が、一度に表へ出ます。
だからこそ、価格改定を隠すより、顧客が判断できる材料を正面から伝える必要があります。
値上げを好感へ変える特別なコピーがあるわけではありません。
積み重ねてきた事実を、ブランドに合った方法で誠実に見せる。ガリガリ君の広告が教えてくれるのは、そんな当たり前で難しいマーケティングです。


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