なぜ、クイックルワイパーは「掃除機を使わない掃除」を定着させたのか?

クイックルワイパーが掃除機と雑巾の間に手軽な床掃除を作ったマーケティング戦略 マーケティング事例
クイックルワイパーは掃除機を置き換えず、掃除機を出すほどでもない場面を新しい市場へ変えました。

床に髪の毛やホコリを見つけた時、掃除機を取り出すほどではないと感じることがあります。

とはいえ、放置すれば気になります。雑巾で拭くなら、床へかがまなければなりません。

この中途半端な場面に、クイックルワイパーは入り込みました。

花王が「フローリング用クイックルワイパー」を発売したのは1994年です。手軽に掃除できる道具として広く受け入れられ、発売6年後には累計販売数2000万本を記録しました。

形だけを見ると、長い柄の先に平らなヘッドを付け、薄いシートを装着したシンプルな道具です。

しかし、クイックルワイパーの価値は構造の珍しさだけにありません。掃除へ取りかかるまでの面倒を減らし、床をきれいにする頻度まで変えた点にあります。

クイックルワイパーが登場する前の床掃除

1990年代には、住宅の床材としてフローリングが急速に普及していました。ところが、床掃除の中心だった掃除機や雑巾には、それぞれ使いにくい場面があります。

掃除機は多くのゴミを吸い取れますが、収納場所から取り出す手間がかかります。使用中には音も出るため、早朝や夜には使いにくい家庭もあるでしょう。

雑巾なら静かに掃除できます。ただし、床へかがみ、手で何度も拭く必要があります。使用後には汚れた雑巾を洗い、乾かす作業も残ります。

つまり、当時の床掃除には「しっかり掃除する方法」はありました。その一方で、目についた髪の毛やホコリだけを手早く取る選択肢は、十分に整っていなかったのです。

クイックルワイパーは、この空白を埋めました。

花王の掃除道具は、別の商品技術から生まれた

クイックルワイパーの開発は、掃除機の技術から始まったわけではありません。

花王は、紙おむつ「メリーズ」や生理用品「ロリエ」に使っていた素材を、床掃除へ応用できないかと考えました。当時増えていたフローリング住宅に、不織布の技術を生かそうとしたのです。

髪の毛が絡む欠点を、強みへ変えた

カーペットの上では、不織布へ髪の毛が絡み、簡単には取れないという問題が起きました。

通常なら、素材の欠点として扱われる結果です。

しかし、開発担当者は発想を逆転させました。髪の毛が取れないほど絡むなら、その性質を床のゴミを集める機能へ使えると考えたのです。

その結果、細かなホコリに加え、掃除機では取りにくい髪の毛まで捕集するシートが生まれます。

新しい技術を一から発明したというより、すでに持っていた技術の使い道を変えました。ここに、商品開発の重要なヒントがあります。

社内でも価値を理解されにくかった

現在では定番商品ですが、開発当初から全員が成功を確信していたわけではありません。

クイックルワイパーは、花王にとって初めての掃除道具でした。しかも、開発関係者の自宅にはカーペットが多く、フローリング用商品の便利さを実感しにくい状況だったと公式の開発秘話で紹介されています。

そのため、発売には慎重な意見も出ました。

説明よりも使用場面を見せた

開発担当者は、商品の機能を会議資料だけで説明しませんでした。

研究所長の自宅でクイックルワイパーを使用し、その様子を映像に収めます。そして、会議の場で動画を流し、生活の中で使う価値を伝えました。

映像なら、片手で動かせる軽さが分かります。また、家具の下や狭い場所までヘッドが入る様子も伝わります。

その後、静岡県でテスト販売が行われ、全国発売へ進みました。

この事例から分かるのは、社内でさえ新商品の価値を理解するには体験が必要だったことです。

見慣れない商品ほど、性能表だけでは判断されにくくなります。そこで、開発担当者は使用場面を見せ、必要性を具体化しました。

なぜ、ただの棒とシートが売れたのか?

クイックルワイパーには、目を引く家電のような複雑さがありません。

それでも広く受け入れられた理由は、掃除の成果だけでなく、開始までの手間を減らしたからです。

取り出して、すぐ使える

掃除機を使う場合、収納場所から本体を出し、コードやノズルを準備します。使用後には、再び片づけなければなりません。

一方、クイックルワイパーは軽く、電源も必要ありません。部屋の近くに置いておけば、汚れへ気づいた直後に使えます。

掃除そのものの時間だけでなく、準備と片づけまで短くしたのです。

立ったまま床を拭ける

雑巾がけでは、しゃがんだ姿勢で床を拭きます。

クイックルワイパーなら、長い柄を持って立ったまま動かせます。自由に動くヘッドによって、家具の下や階段の隅にも届きやすくなりました。

身体的な負担が減るため、床掃除へ取りかかる心理的なハードルも下がります。

使用後の後始末も軽くした

雑巾は、使った後に洗って乾かす必要があります。

クイックルワイパーのシートは、汚れたら交換できます。そのため、毎回清潔な状態から掃除を始められます。

ここまで含めて考えると、クイックルワイパーが短縮したのは掃除時間だけではありません。準備、姿勢、後始末の負担をまとめて軽くしました。

掃除機と競わず、掃除機の隙間を狙った

新商品を売る時は、既存商品の代替品として見せる方法があります。

ところが、クイックルワイパーは掃除機のすべてを置き換える必要がありませんでした。

大量のゴミやカーペットの汚れには、掃除機が向いています。一方、フローリング上の細かなホコリや髪の毛なら、シート式の道具が使いやすい場面もあります。

つまり、どちらか一方を選ばせる関係ではありません。

しっかり掃除する時は掃除機を使い、軽い汚れにはクイックルワイパーを使う。この使い分けによって、既存市場の中に新しいポジションを作りました。

花王の現在の商品説明でも、シートの種類や汚れに応じて、掃除機を使わず一度で掃除できる場面を提案しています。ただし、汚れの状態によっては掃除機が適する場合も明記されています。

競合を完全に否定しないからこそ、生活の中へ入りやすかったと考えられます。

クイックルワイパーが変えたのは、掃除の回数だった

性能の高い掃除道具でも、取り出すのが面倒なら使用回数は増えません。

一方、多少の汚れへすぐ対応できる道具があれば、掃除の機会が増えます。

たとえば、朝に髪を整えた後、床へ落ちた髪の毛だけを取れます。食事後にパンくずを見つけた場合も、その周辺だけを掃除できます。

夜に音を出したくない時や、来客前に短時間で整えたい時にも使えるでしょう。花王も、短時間の掃除や、気づいた時に使える掃除スタイルを継続して提案しています。

マーケティングの視点では、ここが重要です。

クイックルワイパーは、一回の大掃除を豪華にした商品ではありません。掃除へ取りかかる条件を緩め、日常の中で行動する回数を増やしました。

「本格的にやる」と「何もしない」の間を作った

多くの市場では、強い既存商品がすでに存在します。

その場合、性能や価格で正面から勝負すると、大きな開発費と広告費が必要です。

そこで探したいのが、既存商品を使うほどではない場面です。

掃除機を出すほどではない。

専門家へ依頼するほどではない。

本格的な講座を受けるほどではない。

高額なシステムを導入するほどではない。

こうした小さな場面には、既存商品で満足していない人がいます。

ただし、強い不満として自覚されていないため、アンケートでは見つかりにくい需要です。

クイックルワイパーは、雑巾と掃除機の間を狙いました。その結果、「軽く床を掃除する」という新しい選択肢が定着したのです。

本体と交換シートが作る継続購入

クイックルワイパーは、本体を一度購入すれば終わる商品ではありません。

使用後には、専用シートを交換します。現在もドライ、ウエット、強力タイプ、無添加タイプなど、用途に応じた複数のシートが展開されています。

この仕組みには、利用者と企業の双方に利点があります。

本体を変えずに用途を増やせる

床のホコリを取る時は、ドライシートを選べます。

皮脂汚れや食べこぼしを拭くなら、ウエットタイプが向いています。さらに、強い油汚れや消臭など、目的に合わせた商品も追加されました。

利用者は、本体を買い替えなくても用途を広げられます。

一方、花王は新しいシートを開発することで、ブランドとの接点を増やせます。

使用頻度が売上につながる

使い切りシートは、掃除するほど交換が必要になります。

そのため、商品が習慣化すると継続購入につながります。

ただし、消費量を増やすだけでは長く選ばれません。掃除の成果や使いやすさが伴わなければ、利用者は安い代替品へ移ります。

継続購入の仕組みは、便利さが繰り返し実感される場合に成立します。

顧客の不満を、商品の改良へつなげた

クイックルワイパーは、1994年の形のまま売られ続けているわけではありません。

利用者からは、「シートに白い部分が残る」「全面が汚れるまで拭きたい」という声が届きました。

そこで花王は、シート全体へ汚れが広がるヘッドの開発に着手します。改良後のヘッドには、水の波紋を思わせる、ぐるぐる模様が採用されました。これにより、より広い面で汚れを捕集できるようになっています。

さらに、リビングへ置いたままでも気になりにくいよう、見た目にもこだわりました。

気づいた時にすぐ使うには、収納庫の奥へ片づけない方が便利です。そのため、機能だけでなく、出したままにできる外観も使用頻度に関わります。

利用者の声を表面的に処理せず、掃除習慣を続けやすくする改良へ変えたのです。

ウエットシートは、顧客の実際の行動から生まれた

当時、フローリングは水に弱いため、水拭きしない方がよいと考えられていました。

しかし、実際には多くの人が、固く絞った雑巾で床を拭いています。

花王は、その行動を否定せず、安全に再現できる商品を目指しました。

そこで開発されたのが、固絞りした雑巾のように使えるウエットシートです。水分が多すぎれば床に張りつき、少なければ汚れを十分に拭けません。数十種類のパターンを検討し、開発には約5年かかりました。

この開発は、企業が決めた正しい使い方より、顧客が現実に何をしているかを見る重要性を示しています。

顧客が自己流で行っている行動には、新しい商品需要が隠れている場合があります。

シート技術がブランドの広がりを支えた

クイックルは、棒とシートのアイデアだけで成立した商品ではありません。

細かなホコリや髪の毛を絡め取るため、不織布の構造や加工にも工夫が必要です。

花王は、紙おむつや生理用品などで培ったシート加工の技術を、掃除用品へ広げました。公式の研究紹介でも、不織布の加工技術によって「クイックル」シリーズが掃除習慣を変えたと説明しています。

さらに、現在のクイックル用シートでは、リサイクル材や植物由来素材への切り替えも進められています。原材料の9割以上が環境対応素材になったと、花王は公表しています。

マーケティングだけで需要を作ったわけではありません。

手軽さを実現する素材技術があったからこそ、新しい掃除習慣を支えられました。

「手軽さ」だけでは模倣される

クイックルワイパーの成功を見ると、商品を簡単にすれば売れるように感じます。

しかし、「手軽」という言葉だけでは、競合との差は作れません。

軽い本体を作るだけなら、多くの企業が模倣できます。使い捨てシートも、似た商品が登場するでしょう。

長く選ばれるには、使った時の捕集力、ヘッドの動き、シートの交換しやすさなど、細部の完成度が必要です。

さらに、用途ごとのシートを増やし、顧客の声に応じて本体も改良してきました。

つまり、最初のアイデアで市場へ入り、その後の技術と商品展開でブランドを守ったのです。

コピーライティングの視点で見るクイックルワイパー

クイックルワイパーという名前も、商品の理解を助けています。

「クイックル」からは、短時間で手軽に使える印象を受けます。また、「ワイパー」という言葉によって、床を拭く道具だと想像できます。

新しいカテゴリーの商品は、使い方を説明する負担が大きくなります。

そこで、商品名自体が機能と使用感を伝えれば、売り場でも理解されやすくなります。

この考え方は、なぜ、オールドスパイスは“おじさんの匂い”から若者に売れるブランドになったのか?で扱ったブランド再設計とも共通します。

機能を増やすだけでなく、商品をどう認識してほしいかまで言葉と見た目で統一する必要があります。

コストコとの共通点

コストコはなぜ会員制なのか?年会費を払っても通いたくなる理由では、年会費が収益だけでなく、再来店の理由を作る仕組みだと解説しました。

クイックルワイパーにも、利用を継続させる設計があります。

本体を購入した後は、用途に応じた交換シートを選びます。さらに、掃除が手軽になるほど使用回数も増え、シートを購入する機会も生まれます。

ただし、単なる囲い込みでは長続きしません。

交換するたびに清潔なシートを使え、目的に合う種類を選べるため、利用者にも継続する理由があります。

継続収益を作る際は、企業だけでなく、顧客にとっての継続価値が欠かせません。

あなたのビジネスにどう応用するか?

クイックルワイパーと同じ掃除用品を作る必要はありません。

学ぶべきなのは、強い既存商品がある市場でも、利用されていない瞬間を探す考え方です。

既存商品を使わない理由を調べる

競合商品が広く普及していても、顧客が常に満足しているとは限りません。

使うのが面倒な時はないか。準備に時間がかからないか。利用後の片づけが負担になっていないか。

不満の強さだけでなく、使用を見送った瞬間も調べます。

「掃除機に不満はないが、今は出したくない」という場面が、クイックルワイパーの入口でした。

本格的な解決と放置の間を探す

顧客が問題を感じても、本格的なサービスを利用するほどではない場面があります。

ホームページを全面改修するほどではないが、見出しだけ直したい。長期コンサルを頼むほどではないが、方向性を診断してほしい。

こうした小さな需要には、短時間の商品や簡易サービスを提案できます。

ただし、低価格版を作るだけでは弱くなります。本格商品より速く、使いやすい理由を明確にしてください。

開始までの手間を減らす

商品の性能だけでなく、使い始めるまでの工程を確認します。

予約フォームが長すぎないか。初期設定に時間がかからないか。説明を読まなければ使えない状態になっていないか。

顧客が欲しいのは、優れた機能より、早く得られる結果かもしれません。

準備の負担を減らせば、使用回数も増えやすくなります。

別事業の技術を転用する

花王は、メリーズやロリエで培った不織布の技術を掃除用品へ応用しました。

自社にも、別の商品で使っている技術や知識があるはずです。

法人向けの診断を個人向けに簡略化する。対面講座のワークを、オンライン診断へ変える。社内資料のテンプレートを、顧客向けの商品にする。

新規事業を考える際も、完全なゼロから始める必要はありません。

顧客の自己流を観察する

顧客が説明書どおりに使っているとは限りません。

本来とは違う場面で使われていないか。別の商品と組み合わせていないか。不便を自分なりに解決していないか。

安全上の問題がなければ、その行動は商品開発の材料になります。

ウエットシートも、固く絞った雑巾で床を拭く生活者の行動から生まれました。

継続購入には継続価値を付ける

交換品や月額サービスを作れば、売上が安定するように見えます。

ただし、顧客が同じ価値しか受け取れないなら、やがて解約や乗り換えが起きます。

クイックルは、汚れや生活環境に合わせたシートを増やしました。そのため、継続購入が単なる補充だけでなく、用途を広げる選択にもなっています。

継続課金を設計するなら、顧客が続けるほど便利になる仕組みが必要です。

クイックルワイパーに学ぶべき本当のこと

クイックルワイパーは、掃除機より強い吸引力を競った商品ではありません。

雑巾がけでは身体への負担が大きく、掃除機は取り出すほどでもない。そんな日常の小さな場面へ、立ったまま使えるシート式の道具を提案しました。

開発には、花王が別の商品で培った不織布技術が生かされています。

さらに、汚れたらシートを交換できるため、後始末の負担も減りました。その後も顧客の声を拾い、ヘッドやシートを改良しています。

この積み重ねにより、掃除を特別な家事から、気づいた時に取りかかれる行動へ近づけました。

強い競合がいる市場でも、競合が使われていない瞬間は残っています。

新しい市場を探すなら、誰も解決していない大問題だけを見る必要はありません。人が面倒だから後回しにしている、小さな行動の隙間にも需要があります。

クイックルワイパーは、その隙間へシンプルな道具を置き、新しい掃除習慣へ育てた商品なのです。

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