水ほど、違いを説明しにくい商品はないかもしれません。
中身は透明で、基本的な役割は喉を潤すことです。どのブランドも、清らかさ、健康、自然、ミネラル、採水地などを訴えますが、消費者から見れば違いが分かりにくく、価格や知名度で比較されやすくなります。
ところが、そんな市場に「Liquid Death」という物騒な名前の水が登場しました。
直訳すれば「液体の死」です。
パッケージには頭蓋骨が描かれ、ブランドメッセージは「Murder Your Thirst」。つまり、「喉の渇きを殺せ」という意味です。
爽やかさや清潔感を前面に出す水の広告とは、ほぼ正反対です。
それでもLiquid Deathは、若い世代を中心に人気を集めました。2024年3月には6,700万ドルの資金調達を行い、評価額は14億ドルに達したと報じられています。前年の売上は2億5,000万ドルを超えていました。
では、なぜ「ただの水」に、これほど大きな価値がついたのでしょうか。
理由は、Liquid Deathが水そのものを新しくしたからではありません。
水を飲む行為に、新しい意味を与えたからです。
- Liquid Deathは現在、水だけの会社ではない
- 水らしくない名前が、逆に記憶に残った
- 名前だけで、商品説明が始まっている
- ペットボトルではなく、缶にした理由
- 商品の機能ではなく「選ぶ自分」を売った
- 「水なのに怖い」という矛盾が話題になる
- 商品を作る前に、広告で需要を確かめた
- Liquid Deathが最初に売ったのは、水ではなくアイデアだった
- 広告だけが面白いのではない
- ユーモアを「広告表現」ではなく「商品価値」にした
- 環境メッセージが、ふざけたブランドに意味を加えた
- 「高い水」という批判も、話題の一部になった
- Liquid Deathは、万人向けを捨てた
- オールドスパイスとの共通点
- あなたのビジネスにどう応用するか?
- Liquid Deathに学ぶべき本当のこと
Liquid Deathは現在、水だけの会社ではない
最初に整理しておきたいのは、Liquid Deathが現在は水だけを扱うブランドではない点です。
公式サイトでは、水、炭酸水、アイスティー、スパークリングエナジーなどを展開する飲料会社として紹介されています。
ただし、ブランドの出発点は缶入りの水でした。
だからこそ、この事例の面白さがあります。
味や成分で大きな差を作りにくい商品でも、名前、見た目、物語、文化との結びつけ方によって、別の商品に見せることができるからです。
水らしくない名前が、逆に記憶に残った
一般的な水のブランド名には、自然、山、泉、透明感を連想させる言葉が使われます。
これは合理的です。
消費者は水に、清潔さや健康的な印象を求めるからです。
しかし、同じ方向の名前が増えるほど、ブランド同士の違いは見えにくくなります。
Liquid Deathは、そこで業界の常識を反転させました。
爽やかさではなく「死」。
優しさではなく「殺す」。
青空や山ではなく、パンクやヘビーメタルを思わせる世界観です。
創業者のマイク・セサリオは、広告会社でクリエイティブに関わった経験を持ち、健康的な商品ほど退屈に売られ、不健康な商品ほど格好よく売られていることに疑問を持っていました。そこで、水のような健康的な商品も、ロックやエナジードリンクのように面白く見せられないかと考えたのです。
「Liquid Death」という名前は、水のカテゴリーでは異常です。
しかし、その異常さこそが、覚えられる理由になりました。
名前だけで、商品説明が始まっている
強い商品名には、単なる識別記号以上の役割があります。
名前を見た瞬間に、何かを感じさせます。
Liquid Deathの場合、名前だけで次の疑問が生まれます。
「なぜ、水なのに死なのか?」
「本当に普通の水なのか?」
「どんな会社が、こんな名前をつけたのか?」
この疑問が、商品を詳しく見るきっかけになります。
つまり、商品名そのものがヘッドラインとして機能しているのです。
普通の名前なら、広告費を使って興味を作らなければいけません。
一方、Liquid Deathは、名前が売り場やSNSで自動的に注意を引きます。
商品を一度見ただけでも、誰かに話したくなる材料が残るのです。
ペットボトルではなく、缶にした理由
Liquid Deathのもう一つの特徴は、背の高いアルミ缶です。
遠くから見ると、水よりもビールやエナジードリンクに近く見えます。
この形には、単なるデザイン以上の意味があります。
創業者は、ライブ会場やパーティーなどで、アルコールを飲まない人も周囲から浮かずに持てる水を作ろうとしました。ロックや若者文化の中で、水を飲むことが格好悪く見えないようにしたのです。
普通のペットボトルなら、「健康のために水を飲んでいる人」に見えるかもしれません。
ところが、背の高い缶を持てば、ビールやエナジードリンクを飲んでいるようにも見えます。
中身は水でも、持っている時の印象が変わるのです。
Liquid Deathは、水の味だけではなく、水を持つ人の見え方まで設計しました。
商品の機能ではなく「選ぶ自分」を売った
多くの水ブランドは、商品そのものの特徴を伝えます。
採水地、ミネラル成分、純度、口当たり、健康への配慮などです。
Liquid Deathも飲料としての品質を伝えていますが、ブランドの中心にあるのは機能だけではありません。
この商品を選ぶことで、
「普通のブランドでは退屈だ」
「少し変わったものを選びたい」
「ロックやスケート文化が好きだ」
「企業の真面目すぎる広告が嫌いだ」
という価値観を表現できます。
つまり、消費者は水だけでなく、ブランドを選ぶ自分も買っているのです。
この仕組みは、服、車、時計、スマートフォンなどでは珍しくありません。
しかし、Liquid Deathは、それを水に持ち込みました。
本来は機能で選ばれやすい日用品を、自己表現の商品へ変えたのです。
「水なのに怖い」という矛盾が話題になる
Liquid Deathには、強い矛盾があります。
中身は安全で健康的な水なのに、外見は危険そうです。
頭蓋骨が描かれ、名前にはDeathが入り、広告では「殺す」という言葉が繰り返されます。
公式サイトでも、「Liquid Deathはあなたを殺しません」と冗談を交えながら、喉の渇きを殺す飲料だと説明しています。
この矛盾が、好奇心を生みます。
もし、商品名が「Pure Mountain Water」だったら、安心感はあるでしょう。
しかし、SNSへ投稿したくなるほどの違和感はありません。
Liquid Deathは、安心感を少し犠牲にする代わりに、話題性と記憶への残りやすさを手に入れました。
すべての人に好かれようとせず、一部の人に強く刺さるブランドを選んだのです。
商品を作る前に、広告で需要を確かめた
Liquid Deathの創業ストーリーで特に興味深いのが、実際の商品を販売する前に広告を作った点です。
創業者は、まだ本格的な商品も流通網もない段階で、架空の商品を使った低予算の映像広告を制作し、Facebookで反応を確かめました。ブランドは2017年に広告から始まり、実際の缶入り水の販売は2019年からです。
つまり、最初に大量の商品を作ったわけではありません。
先に、
「Liquid Deathという名前の缶入り水を、人は面白いと思うのか」
「この世界観を、誰かがシェアしたくなるのか」
を検証しました。
その広告が反応を集めたため、商品化へ進む根拠になったのです。
これは、中小企業にも参考になります。
商品を完成させてから売れるか考えるのではなく、商品コンセプト、名前、見せ方を先に試す。
LP、広告、動画、予約販売などを使えば、大きな在庫を抱える前に市場の反応を確認できます。
Liquid Deathが最初に売ったのは、水ではなくアイデアだった
この順番は、一般的な商品開発と逆です。
通常は、商品を作り、パッケージを決め、販売先を探し、最後に広告を作ります。
Liquid Deathは、先にブランドのアイデアを広告として見せました。
その結果、消費者は水の味を確認する前に、
「このブランドは面白い」
「この商品を見てみたい」
「本当に発売してほしい」
と反応しました。
つまり、最初に売れたのは水ではありません。
水をこんなふうに売るというコンセプトです。
商品そのものに大きな違いを作れない市場ほど、この考え方は重要になります。
機能で差をつけにくいなら、意味、見せ方、物語、文化との結びつけ方で差を作る必要があるからです。
広告だけが面白いのではない
奇抜な広告で注目を集めても、商品そのものが普通なら、話題は長く続きません。
Liquid Deathが強いのは、広告と商品が別々になっていないことです。
「Liquid Death」という名前。
頭蓋骨を使ったロゴ。
背の高いアルミ缶。
「Murder Your Thirst」という言葉。
商品ページ、SNS、グッズ、コラボレーションまで、同じ世界観で統一されています。
つまり、広告だけがふざけているのではありません。
商品そのものが、広告の続きを担っています。
消費者が缶を持っているだけでも、周囲の人から「それ何?」と聞かれます。
その会話が、次の広告になります。
なぜ、Trader Joe’sはCMゼロでも熱狂的に売れるのか?でも解説したように、強いブランドは広告だけで売るのではなく、商品や体験そのものに話題の材料を埋め込んでいます。
Liquid Deathは、その考え方を極端な形で実行したブランドです。
ユーモアを「広告表現」ではなく「商品価値」にした
Liquid Deathのマーケティングでは、ユーモアが大きな役割を果たしています。
しかし、単に面白いCMを作っているわけではありません。
商品名、説明文、グッズ、キャンペーン、SNS投稿まで、ブランド全体が一つのコメディとして機能しています。
The Washington Postの記事では、創業者がLiquid Deathを飲料会社というより、コメディ番組のように考えていることが紹介されています。
この発想では、広告は販売のために我慢して見るものではありません。
広告そのものが、消費者が楽しむコンテンツになります。
面白ければシェアされます。
シェアされれば、広告費を払わなくても新しい人へ届きます。
さらに、見た人が「次は何をするのだろう」と期待すれば、ブランドを継続的に追いかける理由も生まれます。
Liquid Deathは、水を売りながら、エンターテインメントも提供しているのです。
環境メッセージが、ふざけたブランドに意味を加えた
Liquid Deathは、単に過激な名前を使っているだけではありません。
公式サイトでは「Death to Plastic Bottles」というメッセージを掲げ、使い捨てプラスチックボトルの問題を訴えています。アルミ缶による環境負荷の削減をブランドの重要なテーマにしています。
ただし、公式サイト自身も、アルミ缶だけで世界のプラスチック問題をすべて解決できるわけではないと認めています。
この姿勢は重要です。
「環境に良いから買ってください」と真面目に言うだけでは、説教のように感じられる場合があります。
一方、Liquid Deathは、頭蓋骨やユーモアを使いながら環境メッセージを伝えます。
そのため、社会的な意味を持ちながらも、堅苦しく見えません。
ブランドの面白さと、買う理由の正当性が両立しています。
「高い水」という批判も、話題の一部になった
当然ながら、Liquid Deathには批判もあります。
「中身は水なのに高すぎる」
「派手なマーケティングで普通の水を売っているだけ」
「環境を語りながら、使い捨て容器を販売している」
といった見方です。
The GuardianやThe New Yorkerでも、高価格の缶入り水を売ることや、パッケージ飲料そのものが持つ環境負荷について批判的な視点が紹介されています。
しかし、この批判が完全な逆風にならないところもLiquid Deathらしさです。
なぜなら、同社は最初から「普通の水を真面目に売るブランド」として振る舞っていないからです。
「ただの水なのに、こんな名前で高く売っている」
という批判そのものが、ブランドの奇妙さを広めます。
もちろん、批判されれば何でも良いわけではありません。
それでも、ブランドの中心に明確な個性があると、賛否の両方が認知を広げることがあります。
Liquid Deathは、万人向けを捨てた
Liquid Deathのパッケージを見て、不快に感じる人もいるでしょう。
「水にDeathという名前は嫌だ」
「頭蓋骨の商品を家に置きたくない」
「広告の悪ふざけが苦手だ」
そう感じる消費者もいます。
しかし、Liquid Deathは、そうした人まで無理に取り込もうとしていません。
万人に安心されるブランドを目指せば、強い嫌悪は減ります。
その代わり、強い愛着も生まれにくくなります。
Liquid Deathは、嫌われる可能性を受け入れたうえで、一部の人に強く愛される道を選びました。
この選択によって、ブランドの輪郭がはっきりしました。
誰のための商品なのか。
どんな文化に属するのか。
どのような人が持つと格好よく見えるのか。
それが、一目で伝わります。
オールドスパイスとの共通点
Liquid Deathの戦略は、なぜ、オールドスパイスは“おじさんの匂い”から若者に売れるブランドになったのか?とも共通しています。
オールドスパイスも、商品の機能を真面目に説明するだけではなく、ユーモアと意外性によって若い世代へブランドを再提示しました。
両社に共通するのは、商品を売る前に、広告を見た人の感情を動かしていることです。
「面白い」
「変な会社だ」
「誰かに見せたい」
「次は何をするのだろう」
こうした感情が、商品の機能説明より先に生まれます。
その結果、広告が単なる販売メッセージではなく、文化や会話の一部になります。
ただし、Liquid Deathは、オールドスパイスよりさらに一歩進んでいます。
広告の世界観を、商品名や容器そのものにまで組み込んでいるからです。
あなたのビジネスにどう応用するか?
Liquid Deathの表面的な部分だけをまねても、同じ成果は出ません。
商品名を過激にしたり、頭蓋骨を描いたり、ふざけた広告を作ったりすることが本質ではないからです。
応用すべきなのは、差別化しにくい商品に、どう意味を加えるかという考え方です。
業界の当たり前を一度疑う
まず、自分の業界で、誰もが同じように使っている言葉や見せ方を確認します。
コンサルなら、信頼、実績、成果。
美容なら、美しさ、癒やし、清潔感。
教育なら、成長、学び、未来。
士業なら、安心、誠実、専門性。
これらは重要です。
しかし、競合も同じことを言っているなら、違いは見えません。
そこで、反対の見せ方ができないかを考えます。
たとえば、
「売上を増やすコンサル」
ではなく、
「売れない理由を先に潰す診断」
と見せる。
「優しいコピー講座」
ではなく、
「売れない文章を容赦なく解剖するコピー講座」
と表現する。
業界の常識を反転させるだけで、新しい切り口が生まれる場合があります。
商品名を説明ではなく、広告にする
次に、商品名だけで興味を作れないかを考えます。
よくある名前は、安心感があります。
しかし、覚えにくいという弱点もあります。
「経営改善コンサルティング」
「ホームページ集客支援」
「コピーライティング講座」
このような名前では、内容は分かりますが、記憶には残りにくいでしょう。
一方、独自の診断名や手法名があれば、商品名そのものが会話のきっかけになります。
以前の記事でも扱った「負け癖診断」や「問い合わせ迷子」のように、読者が覚えやすく、人へ説明しやすい言葉を作ることが重要です。
買った人の見え方まで考える
Liquid Deathは、飲んだ時の味だけでなく、缶を持っている時の見え方まで変えました。
あなたの商品でも、購入者が周囲からどう見えるかを考えられます。
その講座を受けた人は、どのような人に見えるのか。
そのコミュニティへ入った人は、何者になれるのか。
その道具を使うことで、仕事の姿勢や価値観をどう表現できるのか。
人は、商品を使って問題を解決するだけではありません。
商品を通じて、自分がどんな人間なのかも表現しています。
商品を作り込む前に、コンセプトを試す
さらに、Liquid Deathのように、商品を大量に作る前にコンセプトを試す方法もあります。
仮の販売ページを作る。
広告で反応を見る。
無料セミナーでテーマへの関心を確認する。
先行予約を集める。
SNSで複数の名前や切り口を試す。
こうした方法なら、大きな開発費をかける前に、市場が何へ反応するのかを確認できます。
重要なのは、広告のクリック数だけを見ることではありません。
コメント、シェア、保存、問い合わせ内容などから、人がどの部分に興味を持ったかを読み取る必要があります。
広告と商品の世界観をそろえる
広告だけ面白くても、商品を手にした瞬間に普通へ戻れば、期待は裏切られます。
そのため、広告、商品名、デザイン、接客、納品物、購入後の案内まで、同じ世界観でつなげます。
高級感を売るなら、申込後のメールも高級感を保つ。
親しみやすさを売るなら、問い合わせ対応も堅苦しくしすぎない。
スピードを売るなら、返信や納品も速くする。
ブランドは、広告の中だけに存在するものではありません。
お客さんが接触するすべての場所で作られます。
Liquid Deathに学ぶべき本当のこと
Liquid Deathから学ぶべきなのは、奇抜な名前をつけることでも、悪ふざけをすることでもありません。
最も重要なのは、差別化しにくい商品でも、選ばれる理由を作れるということです。
中身が似ているなら、意味を変える。
機能で差がつかないなら、文化との結びつけ方を変える。
広告が埋もれるなら、商品そのものを広告にする。
価格で比較されるなら、選ぶ人のアイデンティティまで設計する。
Liquid Deathは、水を別の飲み物へ変えたわけではありません。
水を選ぶという行為を、別の体験へ変えたのです。
だから、ただの水でも高く売れました。
そして、この考え方は、水以外の多くの商品にも応用できます。


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